日常

大学に本を返さなければならない。

 

返却日は25日の月曜日。

 

借りて満足してしまい結局ほとんど読まなかった分厚い三冊の戯曲を明日返さねばなさらない。まあ明日はアルバイトがあるからその前に大学に寄って返せばいいか。

 

そう思っていた24日深夜。

 

今一度手元にあるシフト表を見返してみれば私の名前がないではないか。

 

そうか削られていたのか。

 

......ああ面倒くさい。

 

アルバイトがあれば“ついで”だと思え、大学に行くのも億劫ではない。

 

しかし本を返すためだけに片道一時間かけて大学に行くのは正直ものすごく嫌だ。
面倒だ面倒だ。ああ面倒だ。

 

でも私は図書館の本を期日までに返さない常習犯で以前ちょっとした脅迫めいたなメールが来たことがあったのでさすがに今回は返さないわけにはいかない。

 

ということで呑気に朝風呂に入ってから重い腰を上げて大学へ。

 

「これで全ての本をご返却いただきました」

 

図書館司書さんからのその言葉を受け軽く頭を下げると、無事に今日中に本を返すことができた達成感から空でも飛べるんじゃないかと思うくらい体が軽くなった。まあ物理的にもリュックがかなり軽くなった。なんせ分厚いの三冊だからね。

 

そのくらい私は行動を起こすのが苦手だ。

そのくらいというのは、図書館に本を返しただけで空を飛べちゃうほどの達成感を得られるくらいにという意味。

 

面倒くさいというのもあるけれど、予想外・予定外のスケジュールをこなす事がものすごく苦手だというのが大きい。予定が決まってない日に急に出かけようよなんて声をかけられると半ばパニックになってしまう。

 

今日は頑張った。

 

ああそうだ、ついでに。

 

今、友人と共にちょっとした映像制作をしようという話になっていて各々少しずつ撮影も始めているので大学近くでいいロケーションがあるか所謂ロケハン兼撮影をしてみようかなと思い立った。

 

さっきも言った通り私が思いつきで行動するのは珍しい。でも今を逃すと撮影できる日があまりないという焦りもあり、ぶらぶら歩いてみた。

 

いつも通学している道を外れて入り組んだ小道を歩いているとまあまあ大きめの公園にたどり着いた。こんな場所にこんな大きな公園があったのか。犬を放している人がいたり、ベンチでぼんやりしている人がいたり、この街の人の憩いの場なのかもしれないと思った。なんだか自分以外の日常を覗き込んだようで嬉しくも不思議な気持ちになった。

 

なんとなくいい感じのロケーションに出会え、なんとなくいい感じの風景の撮影をし、駅に向かった。

 

そういえば大学に4年間通っていて一度も大学があるのと反対側の出口に出た事がないな。

駅に着いてそう思った。

ずっと気になっていた。あっちにはなにがあるのか。この駅にいる時は大抵せかせかと大学に向かうかせかせかとアルバイトに向かうかなので今日ほど時間があることはない。吸い寄せられるように反対側の出口に向かった。

 

今日は一人。時間もある。

自分が行きたいと思う場所まで進んで、疲れたら帰ってくればいい。ちょっとワクワクした。

 

方向音痴がすぎるので変に道を曲がったりすると絶対に迷子になる。なんせ今日は一人。独りなのだから、迷子になったら一巻の終わり。とりあえずまっすぐ進んでみよう。散策だ。

 

まっすぐ進めど進めどゴールはなくて、永遠に道が続く。どこまで歩こうか、どこをゴールにしようか。

 

大きめの建物を目印にそこを目指すことにした。

 

でもああいうのってあれだね。看板が大きいから近くに感じるけど実はめちゃくちゃ遠くにあって歩いても歩いても全然たどり着かないの(笑)

 

こういう経験は今まで何度かした事があるのに学習しないで、あの建物を目指そう!なんて無邪気に思った私が馬鹿だった。全然たどり着かない。どころか少しでも建物に近づいている体感もない。まあ一人だし、心折れてUターンして帰るのもアリか。次の信号まで行ったらかーえろ。

てなわけで引き返してきた。

正確にいえば目標の場所までたどり着かなかったのと、歩いていたのが住宅街でなんにもなかったのと理由は二つなんですがね。

 

駅に向かう道中

↑(まっすぐ行けば)〇〇駅

←(左に曲がれば)〇〇商店街

という看板が目に入った。

 

いやもうこんなの、ここまできたら今日の私にゃ好奇心が勝つわけじゃない。

 

商店街の方に向かった。

 

どんなお店が立ち並んでいるんだろうと心躍らせながら商店街のアーケードを潜った。

 

しかしお店というお店が見当たらない。

 

商店...街......?

 

お店もあるっちゃあるけど、商店街って感じじゃない。栄えてないというより店がない。

 

でもなんだか看板に引っ張られて来たらなんもなかったってのも、歩いてみなきゃわからないしこっちに来なきゃわからなかったわけで、ひとつ発見!おもしろ!なんて純粋に思えた自分に驚きつつ、駅に向かう。

 

今日は一人だ。知り合いは誰もいない。無言で突き進む。今日喋った人といえば朝家にいた祖母と図書館司書の人だけだ。ぼんやりとそんなことを思いながら耳を澄ます。

 

薬局から聞こえる掃除機をかける音

レストランから聞こえる外国のかっこいい音楽

電車の音

子どもたちの声

 

ああ、ここに日常が詰まってるんだな

生活が繰り広げられているんだな

人が生きているんだな

 

たくさんの音を拾いながらそう思った。

 

いつもは人と会話したりスマホをみたりと一点に集中しすぎて気づかないような、意識がぼんやりしている時にこそ気づける日常に感動した。

 

重い腰を上げて大学に行き

面倒くさがらず少し歩いた自分を称えたい。

 

拾い上げた日常を大切に生きたいと思えた今日だった。

 

日記。